書評「熔ける〜大王製紙前会長 井川意高の懺悔録〜」ギャンブル依存症の怖さ

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大王製紙創業家三代目である井川 意高氏による転落記です。

会社の金を不正に引き出し、ほぼすべてをカジノで熔かしてしまった、大王製紙元会長として有名ですね。

大王製紙社長の長男として、幼少時代は1200坪の屋敷で過ごし、東大法学部に現役合格。27歳で赤字子会社を立て直し、42歳で本社社長就任。順調な経営、華麗なる交遊……すべてを手にしていたはずの男はなぜ〝カネの沼〟にハマり込んだのか? 創業家三代目転落の記。そして、刑期を終えたいま、何を思うのか――。出所後の独白を加え文庫化!。

Amazonの商品紹介より。

先日、ギャンブル依存症の書籍を読み、FXで身を滅ぼすこととの共通点を見いだせた気がしました。なぜギャンブルにハマるのか、ハマるのはどんなタイプの人なのか、詳しく知ることでさらに理解が深まると考え、本書を手にしました。

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さすが創業一族、ホンモノのお金持ち

本書は、幼少期の愛媛県伊予三島での暮らしぶりや、父親から受けてきたスパルタ教育という名の暴力などについて、本人ならではの細かい描写を加えながら、自伝的に話は進みます。

一部上場企業の創業家の家系ということで、井川氏本人はそれほどきらびやかではなかったというものの、読んでいてやはり一般人とは明らかに違うところがいくつかありました。

例えば、筑波大学附属駒場中学校(筑駒)から東大に入学したお祝いに、BMW635を買ってもらったという話。

学校は、中高大と全て国立で、私立に比べ学費はかなり安く抑えることができたとはいえ、当時の価格で1000万円以上もした外車をポンと買ってもらって、乗り回して遊んでいたそう。

いやいや、普通はポンと新車を買ってくれる親などそうそういないし、買ってくれたとしてもせいぜい中古車ですよ。

仮に新車だとしても、普通のサラリーマン家庭であれば、200,300万円がいいとこでしょう。

そういう意味では、やはり中流家庭の私とは感覚がちがうのだな、と感じました。

また本書の中に、

親から無制限に小遣いをもらっていたわけではないものの、大学生時代には一度もバイトをしたことがない。上場企業の経営者の息子だったとはいえ、皆さんが想像するほど華やかな学生時代ではなかったと思う。

との記述があります。

学生時代をのんびり遊んで過ごしていたとも言っていますが、クルマを持っていてかなり酒にも強い(酒を多く飲んでいた)とのことですから、お小遣いは、月10万円では足りないでしょう。

少なくとも月々30-40万円くらいはもらっていたのではないでしょうか。

毎月30-40万円の小遣いがあれば、遊んでのんびりした生活を送れるでしょうし、もし、彼が近くにいたらやはり羨ましいな、と思ったに違いありません。

本人は「皆さんが想像するほど華やかな学生時代ではなかった」というものの、その感覚はちょっと生ぬるいのかな、というのが正直な感想です。

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一流ビジネスマンなのにカジノにハマり巨額横領

大王製紙に就職してからは、27歳で赤字子会社の社長に出向して、年間70億円の赤字をトントンの収支にしたり、31歳で本社の専務取締役に就任して、年間50億円の赤字を70億円の黒字にしていて、経営者としては優秀だったようですね。

ただ、長時間残業は嫌いであり、夕方6時には帰宅していたとのこと。

またサービス残業などもってのほかで、これには「闇残業」と名付けて、サービス残業ゼロを目指したとあります。

効率化を推進する若き経営者として、創業家系にありがちな頭の弱いボンボンではなく、実績も経営スタイルも一流で、本書を読む限り、部下からも信頼されていたのかもしれません。

その後、2007年6月に42歳の若さで、大王製紙の5代目社長就任します。一年後にはリーマン・ショックに襲われ、厳しい経営を強いられるも、なんとか難局を乗り切ります。このころからカジノにハマりだし、2010年4月から2011年9月にかけて106億8000万円もの借金を作ることになりました。

実際には、いくつかの大王製紙の子会社から、複数回にわたり数億から数十億を借りたとのこと。

本書で、子会社の財務責任者とのやり取りの様子も描かれています。

「個人的に運用している事業がある。至急xx億円の貸付を頼む」と電話で依頼すると、すぐに資金を調達してくれたそうです。その後の取り調べで財務責任者は、「井川家が怖かった」と言っていたとのこと。井川氏としてこれに対しては、「井川家も私も子会社を恫喝的に支配していたわけではない。一方的に命令をするような指示を出していたわけではなかった」と述べています。たとえ社長はそういう思いだったとしても、部下からすると、創業家の絶対的な権力者(と少なくともそう見えているはず)から支持されると、それには抗えないと考えるのは普通のことですよね。断ると、厳しく叱責されるかもしれない、閑職に飛ばされるかもしれない、という思いを抱き、普通は逆らうことはできないのではないでしょうか。

しかし、大王製紙はそもそも上場企業であり、会社のお金を私的に流用するというのは、財務会計上、監査などのチェックはしていないのでしょうか。本書では、監査法人トーマツが早くから、子会社から私的な理由での借金について指摘していたようだが、井川氏の返答(個人的な運用で資金が足りなくなり一時的に充当したという回答)に納得していたとのこと。大王製紙グループとしてのお金の流れを有価証券報告書に記載することになりますが、そのうえで社内監査役や外部監査によるチェック機能はまったく働いていなかったようで、コンプライアンス上大きく問題がありますね。

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ギャンブル依存の典型症状

本書では、カジノでの井川氏の心情がリアルに描かれています。

カジノのテーブルについた瞬間、私の脳内にはアドレナリンとドーパミンが噴出する。…勝っても負けてもやめられない。…カネか時間が切れるまで勝負はいつまでも続く。

買っても負けてもやめられない、というのが、まさにギャンブル依存症の典型症状であり、本人も重度のギャンブル依存症患者であることは間違いない、と自覚しています。

日本ではいたるところにパチンコ屋があり、パチンコのために借金を繰り返し、身を滅ぼす人、家族を巻き込んで不幸にしてしまう人も大勢います。そんなギャンブル依存症の人たちは数十万円から数百万円の借金ですが、井川氏は桁が2つも3つも違っているくらいの巨額の借金。でも金額の大小で依存度合いが変わるわけではありません。ギャンブル依存の典型的な症状というのは、周りの人にウソをつき、家族を不幸にし、仕事にも悪影響を及ぼす、というもの。本書でカジノにハマった井川氏はまさにこれですし、パチンコにハマる主婦や競馬にハマるサラリーマンも同じ状態です。

カジノでは、VIPルームなどの個室で遊ぶ井川氏のような太客に対して、資金ショートしたらすぐに融資してくれるようなサービスも用意されているそうです。そのへんのコンビニATMで簡単にキャッシングするような感覚で、カジノに居ながらにして1億円を即座に融資してもらったりが可能なのだとか。特別背任(いわゆる横領)が明るみになる直前には、ほぼ毎週末、マカオに行き土日寝ないでギャンブルして、月曜の朝に出社するため戻ってくる、という殺人的なスケジュールで動いていたとのこと。当然、移動にかかる旅費や宿泊費はカジノ持ちです。ファーストクラスの飛行機やハイグレードなホテルを用意するくらいは、カジノ側からすると必要経費だったのでしょう。かけた経費の何倍ものお金をカジノに落としてくれるですから。

マカオのカジノ周辺には、クレジットカード(アメリカンエキスプレスカードやダイナースブラックカードなど)のショッピング枠を現金化できるお店がいくつもあるそうです。いわゆる日本の質屋みたいなところでしょうか。カードで数百万円もする時計(ROLEXなど)をいくつも購入し、それをすぐに買い取ってくれることで、現金に早変わりします。そもそも、クレジットカードのショッピング枠の現金化というのは、クレジットカード会社の定める利用規約で、通常は禁止事項に指定されてます。法律的にも問題のある行為ですが、悪びれずに行っていた、ということはそれだけ、ギャンブル漬けだった、ということが言えますね。

井川氏は本書の巻末で書いていますが、「なぜカネの沼に埋まりギャンブルに身を滅ぼしたのか、わからないまま」のようでした。ギャンブル依存症が、ドーパミンを自己制御できないという病気であることは間違いないようですが、そうならないようにする確かな治療法は、今のところないのが現状です。いかにハマらないようにするか、を意識するしかないのでしょうか。

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懲役4年の実刑判決

最終的には、2011年11月に特別背任で逮捕され、その後、2013年6月に懲役4年が確定し、3年半ほど収監されることとなります。

そんな井川氏は、本書の最後にこう言っていました。

・総額106億8000万円もの借金は、一審判決を前に、関連会社や子会社の持株を売却してできた資金で、全て返済した。なのになぜ執行猶予無しの懲役4年もの実刑判決なのか。

・「返済しようと思えば、いつでも自分の金で返済できる」という甘い考えがあったのは事実だったが、盗み取る気持ちは神に誓ってなかった。

盗む気持ちはなかった、というのは確かにそうかもしれません。しかし、借りたお金を返したからもっと刑が軽くてもいいじゃないか、とも取れる考えは、ちょっと賛成しかねます。

事件が明るみにでたときは、毎日このニュースが報道されていて、社会的な影響は大きかったと思います。一部上場企業のトップが、自分の会社(グループ子会社ですが)から、目的を明かさずに多額のお金を借りたのです。経営トップが私的流用して自社の財務状況を悪化させ、その会社の価値をおとしめたのは事実であり、当然株価下落を招いたわけです。これは投資家を欺いたことにもなります。それでいて、全額返済したから刑を軽減してほしい、という願望は、大損したかもしれない大王製紙の株主からすると、ちょっと虫が良すぎるのでは?と思われてもおかしくありません。

実際に、判決は執行猶予無しの実刑であり、本人には厳しい判決となったのですが、ひょとしたら社会的に影響の大きい事件でもあり、見せしめの面もあったのかもしれませんね。

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日本のカジノについて

本書は、2013年に出版された単行本(双葉社)と、2017年に出版された文庫本(幻冬舎)があり、私が読んだ文庫本には、2016年に仮出所してからの思いも綴られていました。刑務所の中の話は特に興味もないのでここでは触れませんが、出所とほぼ同時に成立したカジノ法案についての記載が興味深いところです。カジノに対しては、ギャンブル依存症の立場ではなく、カジノを経営する側の視点で語っています。

  • 諸外国のカジノでは、一般人が自由に出入りするオープンな会場(いわゆるザラ場)は、単なるショーケースで何も儲からない。
  • VIPルームで上客が大金を落としてくれて初めて、カジノは黒字になる。
  • VIP運営ノウハウのない日本では、秘匿性の高いVIPルームは作れないのではないか。

というのが井川氏の考えです。

ラスベガスやマカオなどのカジノと比べて、

  • 出入りしていることを知られたくない日本の金持ちは、プライバシーを確保できない日本のカジノには来ないのではないか。
  • 海外のカジノでは、VIPの負け分はツケにしてくれて、後から回収に来てくれるが、日本のカジノで同じことができるかどうか。
  • 例えば中国人富裕層の負け分をツケにしたとして、中国へ取り立てにいったとして、ちゃんと回収できるか。

というように、カジノ運営ノウハウが日本では圧倒的に不足していて、うまくいかないのではないか、とも述べています。

いま、日本では、カジノを併設できる統合型リゾート(IR)という商業施設を作って、カジノだけではなく総合的な観光地化することで商業的に利益をあげようという目論見で法案を可決し、ビジネスが立ち上がろうとしています。

ギャンブル依存症の患者にとって良くないのはもちろん、治安悪化が進んだり、商業的に成功するかなど、不安な点も多くあり、どうなるのか予断を許さない状況は続きます。